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No. 0036 | August 31th, 2018 | Shun

振り返る

『PACK-AGE』という企画展が終わったことは、この通信で他の3人も書いている。関わり方も捉え方も人それぞれで面白いところもあるし、企画している側で意図にばらつきがあるのはどうなんだろうかとも思うけど、まぁそれはさておき、お越しいただいた方には改めてお礼を。本当にありがとうございました。

準備期間が短かったとは言え課題ばかりに目がいってしまう(めっちゃ赤字だし!笑)のは自分の性格も影響していると思うけれど、やったなりの収穫もあった。こういう企画展を恒例行事にしたら面白いなかとか考えたりもしている。何事もやってみないことにはわからないし、やれば何かしらの変化が起こる。これだけは普遍的な真理。それでも自分からはやらない人が多いのもまた変わらないのかな。変化を良いと思う人ばかりではないだろうし。

少し話は変わるが、世の中的に「平成最後の夏」とか「夏が終わった」など結構みんな「夏」に思い入れがあることを実感している。『PACK-AGE』もSUMMER STUDYというサブタイトル的なものをつけたし、夏休みの印象が強いんだろうけど、僕個人としては結構前から曖昧だった時間の区切りが最近より曖昧になっている感覚があって、下手すると年末とか年始とかも自分の中では区切り感がほぼ無い。昔から「夏は開放的になる季節だから」とか「夏のせいにして」的なノリで何かをすることには積極的に違和感があったのだが、今はもっとフラットな感覚。この感覚が良いのか悪いのかもよくわからないし、季節の変化とかには敏感ではありたいなと思う。

これと言ってお伝えしたいことがあるわけではないですが、時間とか空間に対する感覚が気になっているので書き留めておこうかなと。PACK-AGE vol.2があったら、また来てね〜。

No. 0035 | August 30th, 2018 | Yama

夏は行ってしまった


夏が終わろうとしています。毎年、夏はなぜか仕事で一瞬のうちに過ぎ去ります。夏、好きなんですけどね。LCDDの展示会も噛みしめる間も無くあっという間に終わりましたし、いつかキャンプしたりバーベキューしたりフェスに行ったりしてみたいです。9月からオルトハウス通信のサムネイルが変わります。各々の誕生日の季節が担当です。秋の9〜11月は僕の担当です。どうしましょう。それとホームページの内容もそろそろ更新しないといけません。夏はとにかく仕事に追われていたので、秋は色々とインプットしたいです。読書の秋です。いつも読んでないのにできるのでしょうか。映画もたくさん見たいです。夏に会えなかった友達とも飲みに行きたいですね。まだまだ暑い通勤途中、「風に吹かれて」を聴きながら、冷たいヴィシソワーズを買って食べたいと考えながら、そんなものを買って食べる男は嫌いですけど、我々が好きな紅白ミュージシャンが事務所の前をときどき歩いて通りますが、ちょっとだけ余裕のできた頭でもう9月だなと、これからどうしようかなと、ぼんやり思ったことでした。親知らずを抜いた跡が痛むんです。



No. 0034 | August 29th, 2018 | Koji

ヒヤシンスパワー

すっかり間が空いてしまいましたが、以前育てていたヒヤシンスの話。
ここ数年、冬になるとヒヤシンスの球根を買ってきて水栽培をする。花が咲くといい香りがして、一足早く春を感じることができるのでつい毎年買ってしまうのだ。暖房の効いた部屋の中で育てると、あっという間に蕾が出て、花が咲き、枯れる。写真は2017年の2月に育てていたヒヤシンス。これが不思議で、花が枯れた後そのままにしていたら球根からまた蕾が出てきた。生きた花と死んだ花が同じ球根に同居している様子に違和感がある。でも生きていることと死んでいることが共存してることになぜか喜びを感じる。冬はいろんな意味でヒヤシンスからパワーをもらいます。





No. 0033 | August 28th, 2018 | Sei

むかしよりも

前回の山中の記事で、青木淳さんの『フラジャイル・コンセプト』が紹介されており、その中に「造形派」と「くうき派」の記載があります。ここの分類に自分を当てはめると、私は造形派ということになると思います。

なぜなら、身体よりもずっと大きいスケールの造形に魅せられて大学で建築を勉強すると決め、そして入学後は造形的な面白さを探りながら課題やコンクールで発表していたからです。そもそもそういう造形的な部分を求められている”くうき”が学部内にあったような気もしますが、そこを探求するのが一番!と思っていました。

けれど、年を重ねながら色々な建築空間を体験して思うのは、良い!と思うポイントは上手く使われながら良いくうきが漂っているものです。まずこれが一番にキて、その次に建物の造形もすごいかっこいいねってなる感じ。むかしの自分よりも造形が一番にこなくなった、というか目に見えない部分を感じられるようなったというか。

人としてはアップデートされている気はするけれど、「くうき派」のデザインは私にはまだスキルが足りないので、その辺はより一層意識しながら生活していきたい。←建築に限ったことではなく。

とはいいつつも、造形ラブなのでそこも考えないと!

なので、以前スタジアムについて書いた記事から派生して、新しい造形の可能性をもたらすであろう素材の構造を調べてみました。
ぷよぷよした柔らかい建築を考えたいという思いもあって、動物の骨と筋肉のような建材があればなあと思ったところからサンドイッチ構造というのに行き着きました。サンドイッチ構造が強度を保ちつつ、サンドする側を柔らかい素材に変換できたらなあと思いつつ、今回の調査は終了。



No. 0032 | August 27th, 2018 | Shun

開いていること


なんだかんだで、読んでいる本の紹介コーナーみたいになってしまい申し訳ないのですが、夏だしSUMMER STUDY的なノリでちょっとずつ色んな本を読んでいるのでご容赦を。

ちょうど今読んでいるのは、『フラジャイル・コンセプト』(青木淳著、NTT出版)という本。書店で勢井が見つけて面白そうということで購入した1冊で、建築についてのことはもちろんですが、様々な領域のことについて触れられているし、口語体で書かれていることもありさくさく読めるのですが、この本を読んで青木淳という建築家のイメージが少し変わりました。僕は建築を専門的に学んだわけでもないですし、図面が描けるわけでもありませんので業界の方からすれば何を今更ということかも知れませんが、青木さんがこんなに外に開いている人だと思っていませんでした。音楽や文学の中に建築的な要素を見出したり、ものを作る時の前提に疑問を呈したり、アプローチがいわゆる建築家とは異なる部分を多々感じられます。

どの領域にも同じようなことを考えている人が少なからずいることには少しだけ希望を感じられますし、もし建築を専門的にやっていたら青木淳さんの事務所で働いてみたいと思ったかも知れない。それくらい様々な方向への興味と知識を感じた。もちろん面識はないけれど、いつかお会いして衣服と建築の話をしてみたい。

建築の門外漢であるからこそ見える景色も僕はあると思っているし、実務者でも批評家でもない立ち位置から建築を考え、服との繋がりを見出していくことが追求すべきテーマの一つである。本の中で、建築家は「造形派」と「くうき派」に分類できるという記述があるのだけれど、ファッションの良さは「くうき」にあるとも思う。もちろん造形的な工夫によって作られた「くうき」ではあるが、建築と衣服の良さを掛け合わせることで出来た服をいつか作ってみたい。



No. 0031 | August 21st, 2018 | Koji
PACK-AGE展終了。お盆が終わり、最近少しずつ日が落ちるのが早くなってきましたね。
服・土器・音楽・雑誌。それぞれ独立したものが同じ空間にあり、混ざり合うわけでもなく存在していて、その距離感がちょうど良かったように思います。小学生の頃の自由研究の発表は、広い部屋に全学年分の作品を並べてそれをみんなで回りながら鑑賞しました。どんなものがあるのかわくわくしながら。そんな感じがします。





No. 0030 | August 20th, 2018 | Sei

Now on!!

企画展示”Pack-Age”が開催中ですー! 結局バタバタしてしまい上手く情報発信が出来ないという。とほほー..


18日(土)にオープニングパーティーを開いたのですが、今までのLCDD単独の展示会と比べると、より様々な分野で活動している人が来てくれて面白い交流の場になっているように感じました。

残り2日ですが、色んな人に会えると良いなと思います。



No. 0029 | August 15th, 2018 | Shun

壁がキテる


今週末から恵比寿のリキッドルーム内のギャラリーKATAで開催する企画展『PACK-AGE』のために、布で壁を作っていたら、ベルリンの壁が「発見」されたというニュースが飛び込んできました。
散策中の市民グループが空き地に放置されていた壁を偶然発見したということで、どうやら本物と認定されたようです。壁がキテる!のか…?
皆さんも偶然恵比寿あたりを散策してたら、LCDDの壁を発見してみて下さいね。
写真は壁を作る人。

 
No. 0028 | August 14th, 2018 | Yama

今週末からの展示会


絶賛準備中〜〜






No. 0027 | August 9th, 2018 | Koji

Hyacinth Revolution




『here and there』という雑誌の最新号を読みました。様々な分野で活動する人たちに、それぞれヒヤシンスの球根を育ててもらい、その感想や観察日記、そこから着想を得て生まれた絵や詩などをまとめたものです。読んでいて、人から頼まれて植物を育てるということに違和感と面白味を感じました。自分のプライベートを人と共有しているような感覚。少し居心地が悪いようで、でも新しい風が入ってくるような。ヒヤシンスの球根を育てるだけで、それがコミュニケーションになりインスピレーションにもなっている。面白いです。育てているものだから余計に感情がこもっていて。ちなみに特集のタイトルは“ヒヤシンス革命”。
自発的にですが、以前ヒヤシンスを水栽培していたことがあります。次回はそのときのことを思い出して書いてみたいと思います。



No. 0026 | August 8th, 2018 | Sei

無題

先ほどNewsに記事を上げました。
そう来週17日から展示が始まるのです。ということで現在絶賛準備中!
その名は"PACK-AGE"!!

当たり前ですが、みんな他の仕事もこなしながら展示の準備をしています。前述より更に当たり前なことですが、展示ももちろん仕事の一つであり、自分たちの発信の機会を自ら企画し作っているものなので、それはより一層大事なものだと私は思っています。
いまの年齢になってようやく積極的に外の人たちにアプローチし一緒に動けるようになってきました。新しい人と出会い、話をし、お互いの作品を紹介し合う。この時、新鮮な考えに触れたり意外なところで共感したり、とても幸福な気分になります。

新しい考えに触れそれに共感する時、心がざわつく。
超良いじゃんって興奮しつつちょっとジェラシー、みたいな良い高ぶりが起こります。
毎日高ぶってたら死んでしまいますが、こういう熱を帯びるような気分になる機会が全くないのはつまらない。
なので、そういった機会がばんばん増えるよう、展示準備を引き続き頑張ります!



No. 0025 | August 7th, 2018 | Shun

想像

先週末、althouseで設計を手がける住宅の予定地を見に行ってきました。
東京近郊の住宅街にあるその土地は、所々背の低い草が生えている更地(当たり前ですが)。

そして、約一年後には住宅が建ち、そこで施主家族が暮らす様を想像するとやはり建築というのは大変だけどすごい仕事だなと。
色々な条件を調整しながら、最終的に皆が満足する一つだけのカタチを実現できると良いな。





No. 0024 | August 6th, 2018 | Yama

サンデイズ・ワーク


編集長ベタ付きであれこれ言いながらデザインするのは楽しいですね。プライベートな出版物&日曜日ということもあいまって。入稿日に思いついた新しいコンテンツのために絵の原稿を受け取りに往復二時間走ったり。編集長お疲れさまです。





No. 0023 | August 3rd, 2018 | Koji

サイダーと積乱雲


8月になりました。オルトハウス通信が始まって一ヶ月になります。
夏といえば、冷たいサイダーと真青な空、飲み込まれるような巨大な積乱雲を思い浮かべます。その想像の中では暑さも心地良く、風なんかも吹いていて夏も悪くないものだなぁと思う。

オルトハウス通信のシーズンカバーはそんな夏のイメージで作りました。でも現実の東京の夏は爽やかな暑さとは程遠く、アスファルトの照り返しで干上がりそうです。せめて雨でも降ってくれ、と思い去年録音した夕立の音を探していたら、晴天のなかスコールが来ました。まさに恵みの雨。





No. 0022 | August 2nd, 2018 | Sei

素直な気持ち

暑すぎる本日の東京は37℃。どうした。

電波となって、動物的感覚を全て消し去り、空間と一体化して、汗だくの人間たちを横目に、風に乗って好きなところに飛んでいきたい。



No. 0021 | August 1st, 2018 | Shun

BERLINと壁


最近読んでいる本の一冊に『ベルリン・都市・未来』(武邑光裕著、太田出版)という本があります。


2年くらい前の冬(しかもクリスマス終わりから年越し!)に初めてベルリンを訪れたのですが、 観光地というよりは住むイメージが湧いてきた場所で、やはり夏場が良いということも聞いていましたし(上記の本にももちろん夏が良いとの記載がありました)、次回は是非夏場に訪れたいと思っています。











No. 0020 | July 30th, 2018 | Yama

先日、学生時代の友人達と会ってきました。だいたい10年くらいの付き合いです。気心がしれているので基本的に居心地はいいのですが、それと同時に、出会ったころのままの状態で月日だけがスライドした感覚と10年経って変わった自分の感覚が同居していて、なんとも言えない居心地の悪さも感じました。

とはいえこの10年で、劇的に人が変わったわけではないので、考え方や作るものの根本は一緒なんです。精度がちょっと増したくらいで。そうなってくると、自分一人できることにも限りがあったりして、飽きてくるんですよね。

一人の友人が聞いた話なんですが、人生を1本の地続きの線でとらえるのではなくって、フェーズごとに区切って新しい出発点がいくつかあるように考えると過去に囚われずにいける…というようなことを話してくれました。

今僕は第何フェーズでしょうか。現在、自分の専門分野以外を含む3人の仲間と一緒に毎日過ごしていますが、一人で完結していたことのいくらかを専門が違う人に委ねたりしていく過程で出てきたものに新鮮な驚きと可能性を感じつつ今日も楽しく仕事に励んでおります。




No. 0019 | July 27th, 2018 | Koji

箱根旅行/2009

先日、箱根旅行に行きました。新宿からロマンスカーで1時間ちょっとだというのに箱根に行くのは9年ぶり。9年前に行ったときはまだ学生で、友人と2人でノープランで宿も取らずに行きました。

そのときのことを思い返して憶えているのは、
・泊まった宿の露天風呂に河童の置き物がいくつもあり不気味だったこと
・夜、誰もいない真っ暗な河原でお酒を飲んだこと
・宿が山の斜面に建っていて、暗闇のなか吊るされた提灯の明かりを頼りに長い石段を上って河原から宿に帰ったこと(幽霊がいそうで怖かった)

今思うと、夢だったのではないかという気がします。宿の名前や旅の道中のことなどは全く憶えておらず、前述した奇妙な記憶だけが断片的に残っています。残る記憶ってなんなのでしょうか。多分この記憶は10年後も30年後も忘れないと思います。過去を追懐できるというのは贅沢なことに思えます。

話は変わりますが、歳を取るにつれて時の流れが早く感じるのは、ときめきを感じる回数が減るからだそうです。残る記憶というのはときめきなのかもしれません。何事にもときめいて過ごしていけたらいいなと思います。

それから今回箱根に行って分かったのですが、9年前に泊まった宿の名前は“かっぱ天国”。箱根湯本駅のすぐ近くにありました。どうりで河童の置き物がたくさんあったわけです。

10年後、今回の旅の記憶はどのくらい残っているのでしょうか。


“かっぱ天国”への石段。古いハードディスクの中を探したら当時の写真が出てきました。夢じゃなかった。



No. 0018 | July 26th, 2018 | Sei

ほんものとは

母から、たんぱく加水分解物と酵母エキスってヤバイらしいわよ、と連絡があった。
食にはとても興味があるので、スーパで何か購入するときは食品表示をチェックする。
身体に良くない成分が入っていたとしても、食品表示をチェックし隣のとも比較して、納得してから買うようにしている。もはや癖みたいなものだけど。

で、2つの名前(たんぱく加水分解物と酵母エキス)って意外とよく見るなあと思い、本ダシとかダシ醤油とかに使われてるやつでしょ?と聞くと正解。

本ダシとかだし醤油、所謂うま味調味料って、料理に使うとそれっぽい味になって均質化できるところが特徴であり商品の利点だと思う。なので、コンビニとかのお弁当やサンドイッチ、お惣菜などの調理済み食品にはそういったものが高確率で使用されており、当然たんぱく加水分解物と酵母エキスなどが含まれているであろうことは容易に想像がつく。

でも、調理済み食品を食べてはいけないし使ってはいけないよね!とは思わない。
お弁当やお惣菜に頼ることで日々の生活に少し、余裕を持たせることは必要だと思うから。

ここで、私が大事だと思うのは、うま味調味料が使われたものと、使われていないもの、その両者の間にある歴然たる味の差を、認識できているかどうかというところだ。
できあいの食事一辺倒になってしまうと、この差に気づけなくなってしまう。

脳はコンビニ弁当の味を欲してても、食べたら喉がすごい渇いたりむくんだり、身体は違う反応を示すこともある。
そんな私の日頃の実践として週末の夕飯は、基本的に1から作るようにしている。スポットで味噌汁に本ダシ使ったりしちゃうけど、極力、うま味調味料とか加工食品は使わない。
1から作ったものは身体が美味しいと感じているのを感じる。

ところで、帰省した時の母の味噌汁は絶品だ。
前の晩から鰹節とワタを取った煮干しで出汁をとり、それに味噌をとく。
身体にじわ~..ぶわ~~としみわたり、本当に美味い。

“作る"という行為の尊さも同時に感じる。


ほんものってなに?美味しいってなに?


食に限ったことではなく、ほんものってなんなのかを日頃から自分に問うことは、ものづくりとかデザインにもすごく大事なことなのではとぽつぽつ感じる2018。



No. 0017 | July 25th, 2018 | Shun

フォーマット+α


前々回の当欄(No.1)でワールドカップの決勝の話に触れました。結果はご存知の通り、大会はフランスの優勝で幕を下ろしましたが、フランスが展開したサッカーの内容については色々意見があるようです。

守備を固めた上で、前線にはとんでもないタレントが待ち構えて、少ないパスでカウンターを放つというサッカーは、スペインに代表されるパスを繋いで美しく崩すというシステムを過去のものにしました。
諸行無常、サッカーも常に進化しているということを改めて感じたわけなのですが、その中でもあまりにも完成されシステマチックなチームは硬直し、変化に対応出来なかったことが印象的でした。ドイツとかスペインとか。

そして、フォーマットとでも呼ぶべき型があり、そこに良い意味で変化を与えられる異分子が存在することの重要性も同じように感じました。ベースとなる考え方は共有した上で、そこから先は個々が様々なアイディアやアプローチを展開していくことで、新たなアウトプットが生まれる。フランスは様々なルーツを持つ選手によって構成された多様性のあるチームでもありました。
強い個がチームとしてまとまったからこそ、優勝という結果に繋がったのではないかと。

しかし、言うは易し、行うは難し。常に意識せねば。



〈Antoine Griezmannの公式インスタグラムより〉



No. 0016 | July 24th, 2018 | Yama




人の顔を見てしまいます。
タワーレコードで面出しの棚にいた人です。名前もタイトルもなく、ただ「そこにいる」生々しい佇まいに一目惚れしてジャケ買いしてしまいました。音楽とは関係なく、顔ジャケ、好きです。無意識の行動になっているので、ちょっと気をつけた方がいいかもしれないけれど、外で歩いている時すれ違う人の顔をほぼ全員確認してしまいます。電車に乗るととりあえず周りを一瞥してしまいます。渋谷駅構内なんて大変です。そのせいなのか、単純に確率が高いだけなのかわかりませんが、外でかなりの頻度で知り合いにで出くわします。人の顔を覚えるのも得意だと思います。
グラフィックデザイナーなので当たり前ですが文字も好きです。書体のことをTypefaceといいますが字の面、顔のことです。やはり、人の顔と同様にあらゆる場面で確認してしまいます。


これ、そんな私的嗜好が入り混じった、勢井と山中が服を作っている、LCDDのシンボルです。文字で顔を作りました。顔を文字で作りました。ディーディー君と呼んでいます。
顔と文字、好きです。眺めながらお酒が飲めます。


ついでにこれ、オルトハウスのシンボル、オルト君です。よろしくお願いします。



No. 0015 | July 23rd, 2018 | Koji

IKB


前回、空の色について書いたので今回は好きな色について。イヴ・クラインというアーティストが開発した青が好きです。“International Klein Blue (IKB)”という、驚くほど新鮮で深い青色です。いつもはっとさせられます。
クラインは「青」を宇宙の神秘的なエネルギーに通じる最も非物質的で抽象的な色だとして重用し、自ら理想的な顔料を開発したそうです。IKBに塗られたものはそのエネルギーに勝てないと思います。IKBは物体の意味や機能を丸ごと飲み込んで、ただの美しいものに変えてしまいます。最高な色です。







上の写真は伊豆大島の三原山で拾った火山岩にIKBを塗ったもの。家の隅で異彩を放っています。下はたまたま事務所で綺麗な青色を発見したとき。いつも印刷物ではCMYKで色を考えるので、ウェブサイトでRGBを使うのが楽しいです。



No. 0014 | July 20th, 2018 | Sei


週のはじめ、桃を食べた。
あのピンクの物体から放たれる甘い香りに包まれて、さらに果汁のみずみずしさに身体が潤う感覚たるや、幸福としか言いようがない。
うだるような暑さの中、ぐったりした気分を桃が助けてくれるのだ。
桃万歳。
死にごろとも白桃の旨き頃とも思ふ / 清水哲男

何につけ頃合いというものがあり、死にごろを感じたときのと白桃を食べて旨いと思ったときの感情は矛盾するもではない、という。作者が自分の気持ちを詠んだものなので完璧に読み解いてそれを言葉にするのは難しいけれど、説明がなくとも何となく分かる感じが心地よい。

桃の花の俳句や短歌はたくさんあるけど、桃の実を食したことを詠んだものは、古典だと見当たらない。
今私たちが食べている桃は改良を重ねて生まれた奇跡に近い果物なのかもしれない。
昔の人が現代の桃の味を知っていたら、詠まずにはいられないはずだ。

追伸:スタジアム記事の続編は翌週以降に持ち越したいと思います。




No. 0013 | July 19th, 2018 | Shun

意味不明



先日駒込のギャラリーで開催されている『絵画と音楽』という展示を観てきました。そんなに大きいギャラリーではないけれど、参加作家のラインナップ(中原昌也・角田純・CBA・EYE・五木田智央ってあーた…)が良過ぎて、ジャケ買いのような感じで行ったのですが、なかなかに良き展示でして。

思っていたより展示作品が多く無かったのですが、逆に作家やその作品との近さを感じられたのが良かった。会場で流れていたHAIR STYLISTICSの曲もまた然り。この展示『絵画と音楽』は、「音楽と絵画の製作には何か密接な関係があると考えざるを得ないほどにその例は枚挙にいとまがない」もので「そんな絵画と音楽の現在進行形による最新型が観たい」というところから企画されたもので、絵画と音楽が混ざり合った作品がそこにはありました。こういった形で提示されずとも、やはり何かをカテゴライズするのは、わかりやすさだったりのための恣意的なもので、本来はそんなに明確に分類することは出来ないものなのだろうなぁと。

何かを鑑賞してすぐに意味はわからないけど、めちゃくちゃ良いと感じることは多々あります。そんな経験をするたびに、わからないことは悪いことではないと思ったりするのですが、そう思わない人も多いんですかね。意味も大切ですが、それ以上に、より根元的な身体感覚に訴えるようなデザインがもっとあっても良いのに。いや、なくちゃダメだな~。




No. 0012 | July 18th, 2018 | Yama

一番

ふと、ふと思い出して行き場のない気持ちになることがあります。
明大前にあった、「一番」というお好み焼き屋のことです。飲食店という括り中で一番愛していたお店でした。まじで。空腹に任せて書いてしまいごめんなさい。オルトハウスの他の3人も、きっときっと同じ気持ちのはずです。その後のことを何か知っている方がいらっしゃいましたら連絡ください。僕は今日、何を食べたらいいのでしょうか。





No. 0011 | July 17th, 2018 | Koji

海の日

3連休、ものすごく暑かったですね。最終日は外に出まいとずっと家の中で過ごしていました。自宅は二階建ての上階で日当たり抜群なのでカーテンを締め切って、冷房をがんがんつけて。(それでも暑い)日が落ちる頃に夕飯の買い物に出たら、外がピンク色でした。


怖いくらいに全てが鮮やかなピンク色に染まっていて、非日常的な気分になりました。きっと周りにいた人たちも同じような気分だったんじゃないかと思います。

そういえば、去年の夏に空の色を集めていました。実際の光を取り入れて、できるだけ生に近い状態で残したいと思ったのでカラーフィルムに収めることにしました。夏といえば海よりも空ですね〜。




No. 0010 | July 13rd, 2018 | Sei

Stadium #2


【No.0006の続編記事】
スタジアムの観戦スタイルとして考えつくものをスケッチにしてみました。
※幼い頃から家族でサッカーの試合をテレビでよく見ていたこともあり、結構サッカー好きなのでスケッチのスタジアムはサッカーコートにしときました。

テレビ観戦している時のようにできれば色々な角度からサッカーコートを見ることが出来て、なおかつリラックス状態で観戦したいという大きな欲望を叶えるべく、の構想です。
サッカーに限らず、スポーツ観戦となるとある程度長い時間観戦のためにスタジアムに滞在することになるので、観戦中でも時には足を伸ばしてだらだらしたいじゃん。と思うのです。

A案は現状の一般的なスタジアムの観客席がぐるぐるコートの周りを回遊し、段々と席が移動していくという、メリーゴーランド的なスタイル。

B案はコートを国技館の相撲の土俵みたいに高い位置に配置し、周りの観客席はなだらかな斜面になっていてそこに各自シートを広げて観戦するピクニックスタイル。

C案は新しい構造で考えて見ました。観戦スタイルはピクニックスタイルだけど、透明なやわらかい壁を通して試合を見ることが出来て、やわらかくて傾斜のある壁の上でごろごろしながら観戦できるという夢のようなスタジアム。

D案はプール付き。そもそも個人的には専用スタジアムが良いと思うのですが、観客席においてはプールがついてたりする多目的な部分があっても面白いと思います。




No. 0009 | July 12th, 2018 | Shun

多面体としてのフットボール




今日の明け方、遂にW杯の決勝カードが決定しました。 ちなみに決勝はフランス vs クロアチア。どちらのチームにも贔屓の選手がいるのでどちらかを応援するのは感情的に難しい対戦カードになってしまいました…。順当に行けばフランスなんでしょうけどね〜。
そうなるとクロアチアを応援したくなるし、困ったものです。日本戦も観ていましたが、日本代表のファンというよりはサッカー自体のファンなので、ワールドレベルのプレーが観れるW杯は単純に楽しい。

W杯に関してはサッカーに興味がない人は本当にどうでも良い話かもしれないですが、フットボールは単なる競技ではなく、それを取り巻くカルチャーも非常に興味深いものがあります。もっとも有名な(悪名ですが)もの1つはイングランドのフーリガン。暴力的な振る舞いは許容出来ませんが、彼らによって作られてきたCASUALSをはじめとしたカルチャーはファッション的に大きな魅力を持ち、後世へ影響を与えているのも事実。止まらなくなるので、これ以上は自粛します…。

スポーツに限らず、文化には聖と俗の両面があると思います。どうしても先入観や一面的な捉え方しか出来なくなりがちですが、1つの物事を多角的な視点で見つめると思いもよらない繋がりやルーツが見えてきたりするもの。常に広い視野と一瞬で勝負を決める鋭さを意識せねば。写真は、カルチャーとしてのフットボールを様々な視点で捉えていて面白い雑誌「SHUKYU」です。サッカーもといフットボールに興味がない人にもオススメ。 事務所に遊びに来れば読めますので、お気軽にどうぞ。



No. 0008 | July 11th, 2018 | Yama

ハッピーセット




箱や袋にガサッと、いろいろ入っているセットものが好きなんですよね。

セットの状態を眺める。それを一つずつ並べて眺める。さらに一つ一つをじっくり眺める。それがまた一つの塊になる。緊張感も相まって、快楽状態が止まらないです。

そうそう、そこまで珍しいことではないかもしれないけど、Z Tapesというスロバキアのカセットレーベルで通販したら、購入した商品(もちろん、購入したのはカセット10本+Tシャツのセット)と一緒に、飴とか、シールとか、バッジとか、トランプに書かれたメッセージとか入ってるんです。めちゃくちゃハッピーです。思い出すだけで体が宙にちょっと浮きます。



これ、そんな快楽状態で作りました。勢井と山中が服を作っている、LCDDのインビテーションです。「Escapeをテーマに、日常を取り巻く様々な事象から逃れ、つかの間の解放を求めて制作……」という説明の通り、解放され(てしまっ)た個人的な快楽によって、この回だけLCDDのそれとはまた違う種類のポジティブな空気を纏った、小旅行の思い出セットとなっております。色々セットにしたので情報として混乱する人が続出しました。これ以降、グラフィックまわり、ちょっとテコ入れがありました。ごめんなさい。でも思い出すだけで僕はハッピーな気分になるのです。



No. 0007 | July 10th, 2018 | Koji

意味ありげなものの配置を考える

[海岸の小石・編]
意味ありげなものの配置を考える。組み合わせや配置のバランスで意味があるように見えるっておもしろいですね。特に石だと象徴的に見える気がします。他のものでもどう見えるのか試していきたいと思います。


ちなみに今回使った小石は葉山の海岸で拾ったものです。なかなか良い石って簡単には見つけられませんね。今度は河原にも行ってみたいです。





No. 0006 | July 9th, 2018 | Sei

Stadium #1


最近、”蹴球”という雑誌をはじめて読みました。蹴球=サッカーに焦点を当てた雑誌で、各コンテンツのサッカーに対しての切り口が面白く、想像以上に濃い内容の写真やテキストで構成されていてとても面白い雑誌でした。
その”蹴球”に建築家・田根剛さんのインタビューがあって、新国立競技場のコンペ案の話をしていました。
建築は建設地の環境との関係をどう解くかがポイントですが、建築が大きくなればなるほど難しく、スポーツスタジアムは大きい上に用途が絞られており不特定多数の人々が出入りする特殊な建築なのでなおさら。

ちなみにスタジアムでスポーツ観戦をしたことがあるのは人生で3回くらい。
先月初めて神宮球場にヤクルトの試合を見に行ったんですけど、これが良くて!普段、野球には全然興味がないのですが、味の素スタジアムで観戦したサッカーより楽しかった。神宮球場はサイズがコンパクトなので、選手との距離が近いということがよく言われます。
とはいえ、楽しさが想像以上だったので、少し不思議な体験でした。
ということで、スタジアムのリサーチをしてみようと思い立ちました。
手始めにギリシャにあるパナシナイコスタジアムをメイン資料で引っ張ってきましたが、私の目は一瞬にしてトラックのところに2体いる、フェアプレーの神的なものに釘付け。。
人間的な要素が整然とした石造りのスタジアムに溶け込んでるのがとても良い。

スタジアムから派生してスタジャンの起源も調べて見たけど、これも興味深い。アメリカではジーンズに次ぐ歴史を持っているスタジャン。ジーンズは労働服として、スタジャンは有名大学のエリート選手だけが着用できるユニフォームとして生まれました。

ちょっと長くなってしまいましたが、次回もスタジアム系で記事を更新したいと思います。




No. 0005 | July 6th, 2018 | Shun

日常と非日常

好きな雑誌に「建築と日常」というものがあります。不定期の発行なのですが、内容が興味深く読むのが楽しみな雑誌の1つです。

雑誌のタイトルにもある「日常」という言葉。人によって過ごしている日々の暮らしは違うとしても、普段の何気無い生活を連想します。「日常を少し豊かにする~」などの謳い文句をよく見かけるのですが、その日常に対しての「非日常」のイメージが少し限定的すぎるような気がしまして。「ハレ」と「ケ」に対応させるとハレが非日常になるのでしょうが、少し乱暴に言えば非日常=祝祭的な、極端に言うとラグジュアリー的なイメージが強すぎるような気がするのです。

今日も各地で雨が降っていますが、天災などに見舞われた非常事態も日常ではないと言う意味では非日常なわけで、そういったマイナスの状況を緩和するとか、少しでもプラスに変えるとか、1つの可能性としてそういう意味での非日常を前提として考えられ(デザインされ)たものがもっとあっても良いのではないかとということです。もちろん、そんな非日常はこないほうがいいのですが…。などと思う今日この頃。




No. 0004 | July 5th, 2018 | Yama

東京


今週、九州から両親が初めて東京にやって来ました。複雑な東京の鉄道網が全く理解できず、僕がずっと付いていないとどこにも行けない子供状態でした。そんな風だったので、元々むちゃむちゃ甘えてきた自分が、柄にもなく全部支払いもしたりして。



これ、学生時代に作ったポートフォリオです。知らない人に渡すものだから名前と連絡先だろ!と思ってこの表紙を作りました。名刺的な発想ですね。懐かしいです。

これを1冊だけ作って送ったデザイン事務所が最初に勤めたところだったんですが、厳しすぎて半年ももたず辞めてしまったという非常に苦い思い出があります。今でも夢にでます。本当です。甘えて生きてきたツケです。いまは仲間や仕事で出会った人たちの助けもあり、一応自分の稼ぎで生きていて、少しは大人になったはずだと思うけど自信はありません。

実は婚約者の両親との顔合わせのために、僕の両親は上京してきたんですが、これを機にというわけではないけれど、人並みの常識を持った大人の生活を心がけ、パートナーを優しく愛し、親孝行をしなければならないと思っております。と自戒の念をこめて、ここに記しておきます。




No. 0003 | July 4th, 2018 | Koji

Cook Potato #01

じゃがいもの芽には毒がある。
毒を使いたいわけではありませんが、たまたま余っていたじゃがいもから芽が出ていたのでそのまま成長を見守ることにしました。3ヵ月後(現在)、日光と実の養分を吸い取って芽は毒々しく立派に成長しました。一方の実はしわしわに弱ってしまったので、そろそろ芽の成長は限界かなと思っています。まだ芽の成長を観察したいので、時期をみて土に植え付けをしたいと思います。

毒物から食物をつくる。
じゃが的には当たり前ですが、個人的にはかなり興味深いテーマです。





No. 0002 | July 3rd, 2018 | Sei

オルトくんハウス

現実の建築では素材も思考も硬くなってしまいがちです。柔らかくて深い自由な想像の中の、建築や空間には可能性がたくさんありそうです。頭の柔軟体操をここでしていこうと思います。




No. 0001 | July 2nd, 2018 | Shun

アレ、アレアレ。

「althouseは、グラフィック・建築・衣服(ファッション)を通じてAlternativeな提案をすることを目的として設立したデザイングループ。」と、それっぽいことも言っていますが、これで僕たちが何をしているか、何をしたいのかがわかる人はalthouseのメンバーと相当仲の良い友達くらいのものじゃなかろうか。
事務所を設立するにあたって名前を考えなければならず、どうしようかと悩みすぎて頭を抱えながら下を向いた時、ふとキーボードの「alt」キーが目に入りました。パソコンのキーボードの右下あたりにあるアレです、アレ。人によっては普段使わないことも多いかもしれないやつ。「alt」キーのように通常とは異なる力を引き出すことが出来る存在。僕たちはそういう存在になろうとしているのかもしれません。
ただ、そんなことを求めている人は意外と少ないようにも思います。
グラフィックデザインと建築、ファッションにどんな繋がりがあるかわからないという人も多いと思いますが、僕たちがそこに関係性と可能性を見出したように、通常では繋がらないようなモノやコト、ヒト同士が繋がり、新たな選択肢を生み出すことが、僕たちが考えるデザインです。
今後、このオルトハウス通信ではそんなオルタナティブな提案に繋がるかもしれないイラストや写真、テキストなどを様々なフォーマットでお届けしていこうと思いますので、お楽しみに〜。


Althouse | Design Group of Graphic, Architecture and Clothing